ヲタ卒するする詐欺

ジャニヲタをやめようと心に決めて1年。大学生になったジャニヲタと、できないヲタ卒。

やめられないジャニヲタになるまで

私はいつになったらジャニヲタの肩書きがなくなるのだろう。

「私、もうジャニヲタやめる。」

この1年ずっと言い続けてきた言葉。

初めての記事は、私のジャニヲタ履歴を書いていこうと思う。

 

第一次ジャニヲタデビューからヲタ卒

私がジャニヲタデビューしたのは小学生の頃。

テレビに映るのが実在する人間だと気付いた幼少期には、既にタッキーかっこいいだの何だの言っていた。

ちゃんと自分はこの人のファンだと認識したのは、KAT-TUNの亀梨くん。確か2005年。「野ブタをプロデュース。」で亀梨くんの露出が増えてからだろう。この頃はまだ、ただの「ファン」である。

そこからしばらくたった2007年。私は晴れてジャニヲタデビューを飾る。期間限定ユニット「Hey!Say!7」を初めて見た時、このキラキラしてるお兄さんは一体!?というなんとも言えない感情を覚えた。そのお兄さんの名前は山田涼介。年齢は私の3つ上。その後すぐにHey!Say!JUMPとしてデビューする訳だが、あの日から出るテレビは欠かさず録画、ライブに行ったり、CD買ったり雑誌も月に5冊ほど買っていた。私は「アイドル・山田涼介」に夢中だったのだ。

しかし私の中のアイドル黄金期(山田担)もすぐに終わりを迎えることとなる。中学に上がると、ジャニヲタを公言するのがなんだか恥ずかしくなってきた。好きなら堂々としてろよ!って訳にもいかない。周りの友人たちはRADWIMPS時代に突入し、私も山田くんを追うのをやめた。

そこからたまにテレビでジャニーズを見る程度。全くジャニーズからは離れた日々を約5年送ることになる。

 

第二次ジャニヲタデビュー

それは高校2年の冬。ちょうど2年前のことである。きっかけは朝ドラに出演していた関西ジャニーズJr.の西畑大吾くん。かっちゃん(役名)かわいい!と学校で話していたところをクラスに一人だけいたジャニヲタちゃんに聞かれ、色々教わるうちにあれよあれよとJr.の沼に。最初は西畑くんしか知らなかったJr.も、今ではほとんどの子の名前とちょっとしたエピソードまで言えるようになった。西畑くんに始まり、最終的に辿り着いたのは「底なし沼」「一度ハマると抜けられない」とJr.担の中でも有名な松田元太くん。彼を見つけ出した時から今日まで、12歳の私ができた「ヲタ卒」ができないでいる。

 

長々と書いてしまったが、これが私のジャニヲタの経歴。

 

受験生になる直前という時期にJr.にハマり、無事大学に入学。私をジャニヲタへと導いた友人とも離れ、この1年ずっとジャニヲタをやめると公言していた。し続けていた。でもどうしてもヲタ卒できないでいる。これからはこの葛藤やらモヤモヤやらをこのブログに綴っていこうと思う。