ヲタ卒するする詐欺

ジャニヲタをやめようと心に決めて1年。大学生になったジャニヲタと、できないヲタ卒。

ヲタ卒できないことをダラダラと

更新遅くなりごめんなさい。大学の方が少し忙しかったと言い訳をさせてください。

 

 

さて、このブログで散々ヲタ卒だのなんだの言っているので、今日は私のヲタ卒について書き綴ろうと思う。

というか、書いている本人もヲタ卒に関してモヤモヤしている面があるので、これを書きながらはっきりさせたい。

私がヲタ卒を考えるようになった理由を挙げてみる。

  • 金銭面(前の記事に書いたように、私はただの貧乏学生だ)
  • 周りに仲間がいない(上京し、一人でヲタ活するのは寂しく、また理解者も乏しい)
  • 時間がない(学生生活とバイトだけでなく、サークルを選ばず部活に入るというめまぐるしい三足のわらじをしている)
  • 自担がJr.であるが故の悩みが尽きない(いつ辞めるかわからない不安、やめたのかもフワっとしていたり、突然他の子が推され始めたり…ただのメンタル弱いマン)

 

金銭面は前の記事で書いているのでそれを読んで欲しい。

 

hayashirice1024.hatenablog.com

 

次に仲間がいない問題だが、高校まで一緒にジャニヲタをしていた友人は地元に残り、私が上京し入学した大学の友人には全くジャニーズに興味がない人ばかりだった。

先日ジャニヲタさんとお話しする機会があり、その様子を見ていた大学の先輩(非ジャニヲタ)から「すげえ!ジャニヲタすげえ!すぐに仲良くなれる!こんなに語っているとこ、初めて見たよ!」と言われ、確かに周りにジャニヲタがいないとこんなに楽しい会話ができないなと思い知った。

また、実家にいた頃は恵まれたことに、少クラを見ようものなら付き合ってくれていた母がいたが、一人暮らしの今は寂しいものである。

このように、私のジャニーズを通しての喜びや悲しみを共有できる人が周りにいないというのはヲタ卒を考える一つの材料となっている。

 

時間がない件だが、私は単身上京し親に甘えて1人暮らしをしながら学生をしている身。勉学や生活をおろそかにして自担を追いかけるなんてことをしたらきっとバチが当たる。あまりヲタ活ばかりに気を取られていると、自分は何しに上京したんだ!何のために親の金で大学に来たんだ!自己険悪に陥り始める。そのため、ヲタ活に割く時間は極力短めにしている。

 

次に挙げるのは、お金がない問題と同じくらいに私の中では深刻な問題「自担がJr.であるが故の悩みが尽きない」である。

最初に言っておくが、じゃJr.担やめろよ!というのは心の中に留めておいてほしい。好きになったものは仕方ないと開き直って読んでいただけると幸いだ。

私がJr.に不安を覚えたのは昨年4月。もともと関西Jr.が好きだった私は、金内柊真くんが辞めたことに大きなショックを受けた。

Jr.を好きになってからというもの幾度となく事務所を辞めていく人を見てきたが、金内くんの存在はとてつもなく大きかった。彼のレギュラー番組、BSフジ『まいど!ジャーニィ〜』も、金内くんがいないとこうも違うのか!心の底から寂しさがこみ上げてきた。「いなくなってから存在の大きさに気づく」と何かの恋愛小説で読んだ記憶があるが、全くその通りだ。

自担でもなんでもなかった金内くんが辞めてこう思うのだから、自担が辞めたらと考えると恐ろしくて仕方ない。

Jr.の世界は厳しいというのは周知のことで、今更何を言っているんだとも思う人もいるだろう。しかし、自担が辞めるということはとてつもなく辛いことなのは事実だ。

 

 

冷静に考えて、自担の松田元太くんの現状は少し厳しめというか風当たりが強いというか、はっきり言って「ヤバい」の一言に尽きる。

そんな状況の自担を見てこんなに辛いだのなんだの言っている自分がどうしてヲタ卒できないのか。

考えても考えても結局はっきりとした答えなんてわからないのだけれど、ジャニーズだからとかアイドルだからとかではなく、一人の「人」を好きになるのに理由なんてないのだと開き直って、これからもヲタ卒できない自分と向き合いたい。

 

と、まあここまでよくこんなネガティブで訳のわからないブログをタラタラ書き綴ったものだ。お付き合いいただいた読者さん、本当にありがとうございます。明日からもヲタ卒するする詐欺で生きていきます。

 

 

私には財力がない 〜ジャニーズに貢げない悲しみ〜

タイトルの通り。

最初の記事にも書いたように、ジャニヲタになりたての小学生の頃はHey!Say!JUMP様にホイホイ貢いでいた。もはやお小遣いは全て使っていたと言っても過言ではないだろう。

しかしジャニヲタが再発してからというもの、ほぼ(全くとは言わない)お金はかけていない。

主にジャニヲタがお金をかけるものは3つあると思う。

  • 雑誌(いわゆるドル誌。M誌やP誌等。個人的にW誌が好き。)
  • CD・DVD(唯一Sexy Zone Spring Tour Sexy Secondだけ持っている)
  • コンサート(再発してから一度も行っていない)

他にもあると思うが、主な出費はこれくらいだろう。

今日はこれについて書いていこうと思う。

 

私は毎月大学内にある本屋の雑誌コーナーに行く。もちろんドル誌を買うためだ。しかしいつも買うことができない。なんせドル誌は種類が多い。全部買おうとするとすごくお金がかかる。私は大学生で一人暮らしだ。心の底から自担(松田元太くん)に申し訳ないと思いながら、泣く泣く雑誌を遠目から眺めて本屋を出るのだ。私に財力があれば…

CDに関しては自担がJr.であるため、「買わなければ」いけないものがないことが功を奏している。

DVDに関しても自担メインのコンサートがほぼないため買わないのだが、「Sexy Zone Spring Tour Sexy Second」はどうしても買ってしまった。自担がSexy松として華々しくステージに立っている映像はどうしても手元に置いておきたかった。Sexy松はどうしてあんなに可愛いのか。もうSexy松としての活動はないのかもしれないが、私はヲタ卒するその日までSexy松のことが好きで好きでたまらないのだろう。

そしてコンサート。お金を出せばコンサートに行ける。自担にも会える。コンサートが何よりも幸せで充実した時間であることは知っている。私だって行きたくて仕方ないのだ。それなのに私には財力がない。コンサートのチケットを買おうものなら、明日のTOEICの受検費が払えなくなる。そのくらいに貧乏学生であり、貧乏ヲタである。何度でも言おう

私には財力がない

 

「ジャニーズにかけるお金がバカバカしくなってヲタやめた」と言っていた友人がいたが、それが私にはよくわからないでいる。私はお金をかけていないのにヲタをやめることができない。

財力不足は深刻であり、予算がないのだから十分なヲタ活ができない。また、好きなアイドルにお金が出せないというのは、ファンとしてあまり好ましくない状態であることは重々承知だ。この1年ヲタ卒をしようと思い悩み始めた大きな理由はこれだ。そう

お金

だったのだ。

しかし、テレビをつければげんたくんが微笑んでくれる世の中。そう簡単に辞めれないのが皮肉なものだ。

 

 と、ただ金ないだけのブログで恥ずかしいが、iPhone6の画面が割れてさらにお金がなくて悲しんでいる貧乏学生が悲しみのあまりブログを書いているのだと優しい眼差しを向けて頂けたら幸いだ。

初めてのファミクラ

 ファミクラに行こう

去年まで田舎に住んでいた私は、ファミクラに関して無知すぎた。

ファミクラがどこにあるのか、そもそも何をするところなのか、全く知らなかった。

 

先日、私の必須アイテムであるiPhone6の画面がバッキバキに割れた。GoogleMAPで修理してくれる電気屋さんをググったところ、地図の隅っこに

ジャニーズファミリークラブ

の文字が。電気屋さんに連絡を入れ、もうファミクラの目と鼻の先まで行かなければならない状態になっていた私は当然ファミクラに「行く」という選択肢をするのである。もう電気屋さんどころではない。

ファミクラに行った

ファミクラに無事辿り着いた私の感想は「ファミクラすげえ。」である。言葉には聞いていたものの、全く想像がつかなかったファミクラ。ジャニーズの歴史や今が詰まった夢の空間。私は興奮しっぱなしだった。特に感動したのは、ファンレターを持っていくと渡してくれるシステム。最高だな!?!?と思ったと同時に、ファンレターを持って行かなかったことにひどく後悔した。永遠と流れるジャニーズの映像をひとしきり見て、興奮やまぬまま私は家路に着いた。

 

あの小さな空間にジャニーズがたくさん詰まっている。そこに様々な年代のジャニヲタが集まる。そこで自担とつながることができる。

 

ファミクラはなんて素晴らしい場所なのだろう。

こうして私の初めてのファミクラによって、またヲタ卒が一歩遠のいたのである。

やめられないジャニヲタになるまで

私はいつになったらジャニヲタの肩書きがなくなるのだろう。

「私、もうジャニヲタやめる。」

この1年ずっと言い続けてきた言葉。

初めての記事は、私のジャニヲタ履歴を書いていこうと思う。

 

第一次ジャニヲタデビューからヲタ卒

私がジャニヲタデビューしたのは小学生の頃。

テレビに映るのが実在する人間だと気付いた幼少期には、既にタッキーかっこいいだの何だの言っていた。

ちゃんと自分はこの人のファンだと認識したのは、KAT-TUNの亀梨くん。確か2005年。「野ブタをプロデュース。」で亀梨くんの露出が増えてからだろう。この頃はまだ、ただの「ファン」である。

そこからしばらくたった2007年。私は晴れてジャニヲタデビューを飾る。期間限定ユニット「Hey!Say!7」を初めて見た時、このキラキラしてるお兄さんは一体!?というなんとも言えない感情を覚えた。そのお兄さんの名前は山田涼介。年齢は私の3つ上。その後すぐにHey!Say!JUMPとしてデビューする訳だが、あの日から出るテレビは欠かさず録画、ライブに行ったり、CD買ったり雑誌も月に5冊ほど買っていた。私は「アイドル・山田涼介」に夢中だったのだ。

しかし私の中のアイドル黄金期(山田担)もすぐに終わりを迎えることとなる。中学に上がると、ジャニヲタを公言するのがなんだか恥ずかしくなってきた。好きなら堂々としてろよ!って訳にもいかない。周りの友人たちはRADWIMPS時代に突入し、私も山田くんを追うのをやめた。

そこからたまにテレビでジャニーズを見る程度。全くジャニーズからは離れた日々を約5年送ることになる。

 

第二次ジャニヲタデビュー

それは高校2年の冬。ちょうど2年前のことである。きっかけは朝ドラに出演していた関西ジャニーズJr.の西畑大吾くん。かっちゃん(役名)かわいい!と学校で話していたところをクラスに一人だけいたジャニヲタちゃんに聞かれ、色々教わるうちにあれよあれよとJr.の沼に。最初は西畑くんしか知らなかったJr.も、今ではほとんどの子の名前とちょっとしたエピソードまで言えるようになった。西畑くんに始まり、最終的に辿り着いたのは「底なし沼」「一度ハマると抜けられない」とJr.担の中でも有名な松田元太くん。彼を見つけ出した時から今日まで、12歳の私ができた「ヲタ卒」ができないでいる。

 

長々と書いてしまったが、これが私のジャニヲタの経歴。

 

受験生になる直前という時期にJr.にハマり、無事大学に入学。私をジャニヲタへと導いた友人とも離れ、この1年ずっとジャニヲタをやめると公言していた。し続けていた。でもどうしてもヲタ卒できないでいる。これからはこの葛藤やらモヤモヤやらをこのブログに綴っていこうと思う。